吐露サーモン

面白かったこと、昔の思い出などを女々しく語ります

ジョーカー観た!

話題沸騰、大学でも見に行ったやつがチラホラのジョーカー、見てきました。

 

ヒース・レジャーが自殺して〜”  “銃乱射で観客が〜“

劇場大学地元、みんな言ってた。うるせぇよ死ね。

 

前評判で暗いだの辛いだのという事をさんざ聞いて覚悟してたけど、実際はスッキリしたのでよかったです!(読書感想文)

 

 

あらすじ

ジョーカー  母親が精神病罹患者、(妄想性障害と人格障害、統合失調も?)片親、貧困、脳機能障害などなどの、ハンディキャップで作った煮凝り。生ける逆境。

そんな状態でも、掃き溜めの街の最底辺でコメディアンとして人を笑わせるという情熱を持ち、母と共に糊口を凌ぐ主人公。

そこに追い打ちをかけるエピソードの数々

そんな彼に差す僅かな光明。薄明かり。

それを遮る確かな“予感”と、ダークナイトで見た彼の前日譚であるという破滅への“必然性”が横たわった常に重苦しいストーリー。

 

果たして主人公はどのようにしてジョーカーになるのか。。。

みたいな映画。

 

ちなみに、ダークナイトのような世界精神型悪役(伊藤計劃のブログを見てください)としてのジョーカーはいないので、それを期待して見に行くことはやめましょう。

むしろ万引き家族っぽくて、底辺に生きる人間の狂い様を描いてる。

 

じゃあ狂うってなんだ?って話で、この映画のテーマもそれになります。

 

ゴッサムシティでピエロの大群が壊せ奪え殺せのやりたい放題やってる最中、上流階級は劇場でチャップリンを観てる。

チフスやら貧乏やらで人がバッタバタ死んでる中、ジョーカー憧れのコメディアンは、舞台から出ずに歓談をして人を笑わせる。

 

狂ってるのは本当に私かな?違うよね!!

 

正気と狂気、コインの裏表のように隣り合わせ。でも決して交わらない。

マジョリティが常に決定権を持ち、多数者があくまで正気となされる。こんなものは狂気の所業であると。

それはおかしい。私が狂気と正気の区別をつける新たな価値基準になろう。

正気なのは私で、お前らが狂気だ。

ベロニカは死ぬことにした での

ここ(精神病棟)と外の人間、狂ってるのはどっちなの?(うろ覚え)と似てますねぇ(大好き小説)

 

この思想をもとに、価値観を転倒させること。つまり、ゴッサムシティを狂気もとい正気で染め上げる意志が固まるわけです。

 

そして、ゲストとして出演した番組でその旨の演説をした後、MCのロバート・デ・ニーロ(先述のコメディアン)を射殺するに至ります

 

放送されたジョーカーの思想に呼応し、上流階級へのルサンチマンを爆発させた貧困層が蜂起。街や警官隊はボコボコにされ、われわれ観客の勝手知ったるロアナプラ以下のクソ民度ゴッサムシティがスクリーンに現れる。

そして、ブルース・ウェインの両親がお約束のように射殺されることでミッション達成。ログボGET。

 

ジョーカー、ゴッサムシティ、バットマンと役者が揃い映画は完成する。

 

街を焼き、車を壊して警官を殺しながら狂喜乱舞する住人。ジョーカーの、コメディアンとして人を笑顔にする夢が狂った形で叶ってしまうというダークナイトZeroなオチ。

 

 

 

 

 

個人的に狂気に触れた作品がこの上なく好きなので、例に漏れずこの作品にも興味はもてた。

が、なぜ狂気が生まれるかを描いたジョーカーよりも、狂気がもたらすカオスを描いたダークナイトの方が面白いのは何故だろうか

 

それは恐らく、ジョーカーだけでなくブルース・ウェインが孕む狂気をすらダークナイトは描けていたからだ。

コスモスを希求しながらも、やはりその象徴たる警察とは相容れない。カオスをもたらす大きな要因であるという皮肉に蝕まれた正義の人。正しくダークヒーローである。

そしてジョーカーもまた、完全なカオスが到来すると張合いがなくなってしまう。そのためブルースとジョーカーは相互に依存し、共生関係を営んでいる。

どちらかの死がもう一方の存在意義を奪ってしまう狂ったラブストーリーなのだ。ルパンととっつぁん。ブルースとジョーカー。

 

そういう意味では、今作はジョーカーの対極として社会を置いてしまったのが問題だったのではないだろうか。これではただの社会挑戦型犯罪だ。

また、個人的にはジョーカーが持つ狂気は先天的なものであって欲しかった。

虐待ネグレクト愛情の欠如やトラウマ体験など小児期の影響が狂気と密接に関係するのは周知であるが、そのうえでなお、ジョーカーだけには特別なものを孕んでいて欲しかった。暴論ではあるが、神話性を持っていて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

雑感

 

フォントというか、テキストの挿入がデヴィッド・フィンチャーリスペクト

 

ヴィランのエポックメイキングなジョーカーの人格形成にはやっぱり触れないで欲しかったかなぁ。

 

序盤ひたすら暗い。暗すぎてたまに笑えすらした

 

ダークナイトが良すぎて比べてしまう。偉大すぎた

 

俳優の人の体が凄い。肩関節が異常に柔らかいのか、腕の位置が変なことになっててちょっと面白い

 

映画に3回登場した“階段” これがとてもいい演出だった

 

おばあちゃんのお色気シーンがある

 

これから見に行く人は、ダークナイトを期待しないこと  舞台装置としての“階段”  俳優の体  に注目すると面白いかもです